鉄研精彩 絶対値|16| 別るるや夢一筋の天の川

さて。前回の検察庁氏の引退報告が素晴らしすぎて、書くのがすごいプレッシャーになってる内務省です。

1-3年各部員に対しては前部長直々にお言葉があるでしょうから、私からは少しだけ。
1・2年生。
昨年一昨年と違い、今年の3年は引継資料を書く部員が多いです。
その意味を考えてください。
邪魔な先輩で済みませんでした。

3年生のみんな。2年間ありがとう。楽しかったよ。

さて。この1年間副部長という鉄研を支える立場にあったわけですが、過去最低の副部長だったと思います。

生徒会・実行委の仕事を頑張っていた検察庁氏含めた部員の中で、私が一番「仕事」してなかったですね。
それでも1年間何とかやっていけたのは、前部長のおかげでしょう。
と、いうわけで、ここでは前部長:名無し氏に感謝の言葉でも送りたいと思います。

前部長には本当にお世話になりました。ええ、本当に。
今の3年生は皆それぞれ個性が強く、個人競技の選手ばっかりでした。協調性もあまりなかったと思います。
そんな部員達だったからこそ今回のジオラマを作れたとも言えるんですが、この1年間部が崩壊することなく無事翠巒祭を迎えることができたのが、前部長の努力の賜物であることはまごうことなき真実でしょう。
特に去年の11月7-9日。どれだけ感謝してもしきれません……

彼は実務も素晴らしい出来でした。
1年次の家電量販店から旧丸山変電所、今年の葡萄畑に至るまで。
短時間で精密な作業をこなし、市販品と見まごうほどのストラクチャーを作っていました。
2年の夏には米国にも富山にも行きつつ、康成氏とともに全国大会の作品を制作。その忍耐力には脱帽しました。
そして、今年の翠巒祭ではたった1週間前に研究発表を押し付けるという私の無茶ぶりを快諾。
ごめんなさいと言うしかありませんね…

あとは写真でしょうか。クオリティ高い写真をたくさん撮ってくれました。それが外部広報にどれだけ役立ったことか。
私がカメラを手にするようになったのも、前部長の影響あってのことです。

前代、前々代、前々々代の鉄研にいて思ったのは、
「鉄研は部長次第」ということです。
「No部長、No鉄研」でしょうか。
クールだったり、暖かかったり。
前部長あってこその23代鉄研でした。
前部長あってこその全国5位であり、翠巒祭1位でした。

副部長として、部員を代表して。
「部長、本当にありがとうございました!!」

現部長及び部員がどのような鉄研を作っていくのかに期待して、
最後のブログを終わりにしたいと思います。

当ブログも30000アクセスを超えようとしています。
このブログを見てくれたすべての皆様に感謝しつつ。

投稿者:

TEKKEN

TEKKEN

旧記事などはこのアカウントに関連付けています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です